GRRM20 with Matlantis 適用事例
概要
GRRM20 with Matlantis の 共同開発においてENEOS株式会社から提供された適用事例を紹介します。GRRM20 with Matlantis の計算速度の高速化や大規模系への応用可能性を示すため、周期境界系での反応経路探索として、白金触媒上での 1) 一酸化炭素の酸化反応、2) メチルシクロヘキサン(MCH)の脱水素反応の反応経路探索を実行しました。
1) ではDFTを用いた従来のGRRM計算による先行研究[1]と同等の反応経路探索結果を得ることができました。2) では ENEOS が開発を進めるCO2フリー水素サプライチェーン構築において、水素キャリアとして期待されるMCHの脱水素過程の自動探索に成功し、水素が一度に2つ抜ける反応経路など、従来のNEB法やString法では検討が難しい反応経路も発見し、GRRM20 with Matlantisの有用性を示しました。
CO酸化反応
白金触媒表面上での下記2つの反応についてGRRMによる反応経路探索を実施しました。どちらも多段階反応であり、反応経路探索手法として広く知られているNEB法やString法では解析が難しいことが知られています。
1) 一酸化炭素(CO)の 酸化反応 (68原子系)
2) メチルシクロヘキサン(MCH)の脱水素反応 (85原子系)
背景
白金触媒上のCOの酸化反応は Fig. 1 に示しました。COとO2の4原子で考えうる反応の組み合わせが少なく探索空間が限られるため、反応経路探索の中でも比較的容易な計算と考えられます。こちらの系についてはGRRM および SIESTAを用いた先行研究[1] があります。
Fig.1 白金スラブ上での一酸化炭素(CO)酸化反応
先行研究における計算手法は以下の通りです。
・計算レベル: PBE/DZP
・真空層:15 Å
・SC-AFIR における Gamma=250
白金スラブモデルの作成
白金スラブモデルは、Fig.2 のように、Tab.1の条件で作成しました。
Tab.1白金スラブモデルの作成条件
項目 | 詳細 |
計算対象(原子数) | 白金 スラブ (Pt 64原子) 1) CO+O₂ (4原子) 2) MCH(21原子) |
白金の結晶構造 | mp-126 (Material Project [2]) (ミラー指数 111) |
真空層 | 20 Å |
構造最適化の計算条件 | ・ExpCellFilter使用 ・LBFGS ・fmax= 0.005 |
PFPのバージョン | v5.0.0 |
PFPの計算モード | 1) CRYSTAL_U0 2) CRYSTAL_U0_PLUS_D3 |
Fig. 2 白金スラブモデル(Pt64)
反応経路探索
大域的な反応経路探索を実行するため、速度定数行列収縮法(RCMC)[3][4]を用いた速度論ナビゲーションを適用し、CO酸化についてはSC-AFIR(Single component Artificial Force Induced Reaction)[5]を実行しました。その後、RePATHを実行し、SC-AFIRで得られた全ての反応経路をLUP(locally updated planes)[6][7]により緩和しました。初期構造はFig.3 に示し、SC-AFIR および RePATH 計算ではスラブ原子(Pt)とセルベクトル(TV)は全て固定しました。
Fig. 3 反応経路探索における初期構造(CO酸化反応)
GRRM 入力ファイルにおける options 設定値
・スラブ表面に反応分子が吸着した状態での反応を優先的に探索する目的で、スラブの中央に位置する 白金原子 4つ(Fig. 4において水色で色付けされた6, 10, 13, 17番)と反応分子(COおよび O2)間に弱い力(Gamma=25)を設定しました。
・スラブ表面上の4つの白金原子(Fig. 4における 6, 9, 16, 18番)をAFIRのターゲットに指定しました(結合解離構造を得やすくするために先行研究での設定(6, 10, 13, 17番)と変更しました)。
・AFIRの閾値はGamma=300 としました。
・GRRM入力ファイルにおけるオプションは Fig 5に示しました。
Fig.4 CO酸化反応におけるスラブ原子 Pt の
ナンバリング(左)と反応分子(COおよびO2)
Fig.5 白金スラブ上でのCO酸化反応における
SC-AFIR(左)およびRePATH(右) のGRRM 入力ファイルの一部(抜粋)
結果
SC-AFIRおよび RePATH 計算によって発見された構造数を Tab. 2 に示します。反応経路のエネルギー極大点の構造(path top, PTs)と遷移構造(transition state, TSs)の数の合計が発見された反応経路の数です。
Tab.2 白金スラブ上のCO酸化反応 の SC-AFIR および RePATH 計算において発見された平衡構造(equilibriums, EQs),
反応経路のエネルギー極大点の構造(path top, PTs)
および遷移構造(transition states, TSs)の数
CO酸化反応 | ||
SC-AFIR | RePATH | |
EQs | 103 | 96 |
PTs | 134 | 168 |
TSs | 163 | 98 |
SC-AFIRで得られた平衡構造を分類し、各組成での最安定構造を抽出しました。Tab. 3に、先行研究と構造を比較し、CO2(g)+O* (Tab.3 (a))を基準とした相対エネルギーとともにその構造を示しました。
・Fig. 6に示した通り、GRRM20 with Matlantis で発見された構造の相対的なエネルギー順序は先行研究と一致しました。
・今回、先行研究における OC-OO 中間体は未発見となり、先行研究の完全再現とはなりませんでしたが、先行研究において記載のない C* + 3O*中間体を発見しました(Fig. 7 反応経路ネットワークでも確認しました)。
・先行研究とは計算条件が異なるなどいくつかの原因が考えられます。
・C*+3O* 中間体が新規反応経路と確認するためには、さらに閾値を下げた反応経路探索を実行して探索経路数を増やした検討をする必要があります。
・Fig. 8に示したように、CO* + O2* → CO2(g) + O* の多段階反応も抽出しました。
Tab. 3 先行研究[1]と比較した白金スラブモデルにおける
CO酸化反応経路のCO2(g) + O* を基準としたときの相対エネルギー(先行研究は ΔGDFT 、GRRM20 with Matlantisの結果 ΔGPFP)
およびその構造((a)~(e)および(g) はGRRM20 with Matlantisの結果、(f) は先行研究[1]より引用)
Fig. 6 Tab.3 に示した相対エネルギーについて
先行研究(ΔGDFT)と比較したGRRM20 with Matlantis の結果
(ΔGPFP)と [kJ/mol]
Fig.7 反応経路ネットワーク(色付けは相対エネルギーΔGに対応し、
青〜赤は0~350[kJ/mol]を示す)
Fig. 8 CO* + O2* → CO2(g) + O* 反応経路
MCH脱水素反応
背景
再生可能エネルギーから製造したCO2フリー水素を効率よく輸送するための水素キャリアとしてMCH(メチルシクロヘキサン)が注目されており、ENEOSでは独自技術であるDirect MCH®[8]をはじめとした開発を進めています。MCHの脱水素反応は、MCHから水素を取り出すための反応であり、Fig. 9 に示したように、MCHがトルエンとなる過程で3つの水素分子(6つの水素 H*)を取り出すことが可能です。脱水素反応の触媒検討においては、素反応の理解が重要です。
Fig.9 メチルシクロヘキサン(MCH)の脱水素反応
Direct MCH🄬 について
・水素キャリアの一種である、MCHを製造するためのENEOSの独自技術です。
・ ENEOS では水素キャリアとしてMCHを使用したCO2フリー水素サプライチェーン構築に向けた技術を開発しています。
Fig.10 MCHを活用したCO2フリー水素サプライチェーンの概念要図
(出典:ENEOS株式会社)
白金スラブモデルの作成
白金スラブモデルはCO酸化反応と同じものを用いました。
反応経路検索
大域的な反応経路探索を実行するため、速度定数行列収縮法(RCMC)[3][4]を用いた速度論ナビゲーションを適用し、MCH脱水素反応についてはSC-AFIR2(SC-AFIRx[9]はより高エネルギーのTSを系統的に探索する方法です)を実行しました。その後、RePATHを実行し、得られた全ての反応経路をLUP(locally updated planes)[6][7]により緩和しました。初期構造はFig.11 に示し、SC-AFIR2および RePATH 計算ではスラブ原子(Pt)とセルベクトル(TV)は全て固定しました。
Fig. 11 反応経路探索における
初期構造 (MCH脱水素反応)
GRRM 入力ファイルにおける options 設定値
・スラブ表面に反応分子が吸着した状態での反応を優先的に探索する目的で、スラブの中央に位置する白金 9原子(Fig. 12における22, 25, 29~33, 36, 37番原子) と 反応分子MCH を構成する一部の C, H 原子(Fig. 12において水色で色付け)間に弱い力(Gamma=15)を設定しました。
・脱水素過程探索の効率化のため上記と一致する原子(Fig. 12におけるスラブおよびMCHにいて水色で色付けした原子)を反応経路探索のターゲットに指定しました。
・GRRM入力ファイルにおけるオプションは Fig.13 に示しました。
Fig.12 MCH脱水素反応における
白金スラブ原子のナンバリング(左)
およびMCH(右)
Fig.13 白金スラブ上でのMCH脱水素反応におけるSC-AFIR2(左)
およびRePATH(右)のGRRM入力ファイルの一部(抜粋)
結果
SC-AFIR2 および RePATH 計算によって発見された構造数をTab.4 に示します。反応経路のエネルギー極大点の構造(path top, PTs)と遷移構造(transition state, TSs)の数の合計が発見された反応経路の数です。
Tab.4 白金スラブ上のMCHの脱水素反応のSC-AFIR2 および
RePATH 計算において発見された平衡構造(equilibriums, EQs),
反応経路のエネルギー極大点の構造(path top, PTs)
および遷移構造(transition states, TSs)の数
MCH脱水素反応 | ||
SC-AFIR | RePATH | |
EQs | 414 | 1060 |
PTs | 245 | 725 |
TSs | 163 | 481 |
・SC-AFIR2で得られた平衡構造を分類し、各組成での最安定構造を抽出しました。抽出した構造は全部で37組成あったため、Tab. 5には 水素H*が脱離する構造のうち主要な構造を、C7H7*+7H* を基準とした相対エネルギーとともに示しました。
・Tab . 5 に示したように、水素(H*) が 1つ脱離した構造から最大で 7つのH*が脱離した反応経路を得ました。
・MCHから6つのH*が脱離して、トルエン(TOL)となる脱水素反応経路(Tab.5 (g))を自動探索しました。
・NEB計算などでは検討が難しい、C7H13* + H* → C7H11*+ 3H*のような水素が一度に2つ抜ける反応経路も発見しました。
Tab.5 白金触媒表面上での MCHの脱水素反応経路で発見された
主要な構造(脱離した水素H*を赤く色付け)と
その相対エネルギー[kJ/mol](7つの水素H*が脱離した構造(h)を基準)
まとめ
白金スラブ上での 1) CO酸化反応 および 2) MCH脱水素反応をGRRM20 with Matlantis を用いて SC-AFIRおよび SC-AFIR2による反応経路自動探索と反応経路緩和計算(RePATH)を実行しました。
・白金触媒表面上の一酸化炭素の酸化反応についてSIESTAを用いたGRRM計算による先行研究と比較したところ、同等の反応経路を得ることができ、同程度の精度を有していることを示しました。
・今回の結果では、先行研究における OC-OO 中間体は未発見となり、先行研究の完全再現とはなりませんでしたが、先行研究において記載のなかった C* + 3O*中間体を発見しました。
・白金触媒表面上のメチルシクロヘキサン(MCH)の脱水素過程の反応経路探索を実施し、MCHから6つの水素を取り出してトルエンとなる反応を含む、1つから7つの水素の脱離反応経路を得ることができ、水素キャリアとしての活用が見込まれるMCHの脱水素触媒検討においてGRRM20 wtth Matlantis が有効なツールであることを示しました。
・従来のNEB法やString法では探索の難しい、水素が一度に2つ抜ける反応経路も発見しました。
参考文献
[1] K. Sugiyama, Y. Sumiya, M. Takagi, K. Saita, S. Maeda, Phys.Chem.Chem.Phys., 21, 14366(2019)
[2] Commentary: The Materials Project: A materials genome approach to accelerating materials innovation Anubhav Jain, Shyue Ping Ong, Geoffroy Hautier, Wei Chen, William Davidson Richards, Stephen Dacek, Shreyas Cholia, Dan Gunter, David Skinner, Gerbrand Ceder, and Kristin A. Persson
[3] Y. Sumiya, Y. Nagahata, T. Komatsuzaki, T. Taketsugu, S. Maeda, J. Phys. Chem. A, 119, 11641(2015)
[4] Y. Sumiya, S. Maeda, Chem. Lett., 49, 553(2020)
[5] S. Maeda, Y. Harabuchi, Comput. Mol. Sci., 11, e1538(2021)
[6] C. Choi, R. Elber, J. Chem. Phys., 94, 751(1991)
[7] P. Y. Ayala, H. B. Schlegel, J. Chem. Phys., 107, 375(1997)
[8] https://www.eneos-rd.com/research/carbon-neutral/dmch.html
[9] S. Maeda, T. Taketsugu, K. Morokuma, J. Comput. Chem. 35, 166 (2014)