2025.12.4
東大SPRING GX講義で学ぶ、研究を加速するAI材料シミュレーションMatlantis──ENEOSとともに博士課程学生がAIによる分子設計シミュレーションを体験
東京大学にて博士課程学生支援プログラム「SPRING GX」(事業統括: 大越慎一教授)の一環として、AI材料シミュレーションプラットフォーム「Matlantis」を用いた体験講義が実施されました。本講義では、産業界から講師を迎え、研究の立ち上げを加速するシミュレーションの実践的な活用方法を紹介。博士課程学生が実際に手を動かしながら学ぶ貴重な機会となりました。
講師はENEOSホールディングス株式会社(以下ENEOS)の大場優生氏。さらに同社の材料開発現場で活躍する複数の研究者もサポートとして参加し、学生の実習を支援しました。
今回の講義は“Make use of your idea – Experience molecular design by AI: Let’s make the best deodorizer.”と題し、AIを用いた分子設計を通じて「最強の脱臭剤を考える」ことを目的に行われました。
授業は前半の講義パート(30分)と後半の実習パート(90分)で構成され、40名以上の博士課程学生が参加。日本人学生だけでなく海外の留学生も多く、活発な議論が交わされる国際的なセッションとなりました。短時間ながら仮説の設定から検証、議論、発表までを行い、学生たちはAIシミュレーションの可能性と研究に活かせるヒントを掴んでいました。
SPRING GXとは
東京大学では、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)の一環として、「SPRING GX(グリーントランスフォーメーションを先導する高度人材育成)」(事業統括: 大越慎一教授)を採択しています。
本プログラムは、GXを「温室効果ガス削減にとどまらず、社会全体の変革」と広く位置付け、理工系から人文・社会系まで全学の博士課程学生を対象に、多様な学びの機会を提供しています。
深い専門性を持つ博士課程学生が、自分の研究を社会の変革と結びつける“気づき”を得られるよう、分野横断の交流や先端技術のワークショップを通じて、研究を広い視野から捉え直すことを目指しています。
今回行われたMatlantisを用いた体験講義もそのひとつです。従来は専門外の学生にはハードルの高かった計算科学を、実際に手を動かして試すことで、短時間でも新しい研究の切り口や発想につなげることを目的に実施されました。
講義:機械学習を活用した材料開発

前半パートでは、ENEOSの大場氏(ENEOSホールディングス株式会社 AIイノベーション部)が登壇し、 「Machine Learning × Quantum Chemistry(機械学習と量子化学の融合)」をテーマに講義が行われました。 近年、化学分野でも機械学習を活用した論文が急増しており、AIを研究の新しいアプローチとして取り入れる動きが広がっています。講義ではまず、「そもそも機械学習とは何か」という基本的な問いを出発点に、手書き数字「6」をどのように学習して認識しているのかという例を用いて、AIがデータから特徴を抽出し、パターンを見つけ出していく仕組みを解説。大場氏は、機械学習の本質は人の経験や直感をデータとして取り込み、それをモデルが再現・拡張することにあると説明しました。
続いて、機械学習を化学分野でどのように応用できるのかについて解説が行われ、 第一原理計算(ab initio)と古典力場(Classical Force Field)という従来の計算手法を比較しながら、それぞれの長所と課題を整理。第一原理計算は高精度である一方で計算コストが非常に高く、古典力場は高速ながら電子構造を明示的に扱わず固定結合を仮定するため、結合の切断・生成や電子再配置を伴う反応の再現には限界があります。こうした両者の“精度と効率のギャップ”を埋める第三の選択肢として、機械学習によるポテンシャルモデルが注目されていることが紹介されました。 機械学習を用いた計算では、第一原理計算から得られる高精度データを学習することで、 その精度を保ちながら高速な計算を実現できます。
そしてこの“精度と効率の両立”を可能にしたプラットフォームとして、ENEOSとPreferred Networksの共同研究からMatlantisが開発された背景を解説しました。
実習:Matlantisで“最強の脱臭剤”を設計
後半の実習パートでは、「Let’s make the Best Deodorizer(最強の脱臭剤を作ろう)」をテーマに、Matlantisを活用してもっとも高い吸着性能をもつ分子構造の設計に挑戦しました。学生たちは4〜6人のチームに分かれ、グループワーク形式で実習に取り組みました。

「どのような分子構造なら吸着力が高まるのか」という仮説を立て、チーム内で議論を重ねながら、Matlantisのノートブック環境上で分子構造を作成・編集。
シミュレーションを実行して結果を比較し、最も優れた構造を探るプロセスを体験しました。実習には大場氏をはじめ、ENEOSの研究者も複数名が参加。操作サポートにとどまらず、学生たちの仮説や計算結果に対して積極的にフィードバックを行いました。

終盤には、各チームがAIシミュレーションを駆使して設計した“最強の脱臭剤”を披露し、その吸着性能を競い合いました。
水素や炭素など身近な原子を組み合わせて高い吸着力を実現したチームや、金属との結合に着目してまったく新しい発想に挑戦したチームなど、それぞれが個性あふれるアプローチを展開。
ENEOSの現場研究者も思わず感心するような、ユニークで独創的なアイデアが次々と生まれました。

参加した学生からは「普段DFT計算やMD計算を行っているが、数日から数週間かかる処理がMatlantisでは短時間で完了し驚いた。今後自分の研究にも使ってみたい」といったコメントもあり、研究の加速に対する期待がうかがえました。また、アンケートでは、「二時間はあっという間だった」「初心者にもわかりやすく、出力結果のイメージがつかみやすかった」など、短時間ながらも濃密な体験を評価する声が多く寄せられました。
まとめ
今回のSPRING GX講義は、博士課程学生がMatlantisを実際に操作し、研究に新しいアプローチを取り入れる貴重な体験の場となりました。AIシミュレーションは専門外の学生でも短時間で仮説検証を体感でき、研究の発想を広げるきっかけとなります。さらに、ENEOSの研究開発の最前線で活躍する講師による実践的な講義を通じて、産業界の視点が大学院教育に取り入れられ、研究と社会をつなぐ新しい価値が示されました。Matlantis株式会社は今後も教育と産業の両面で研究の加速と人材育成を支援してまいります。
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