Matlantis CSP
元素の組み合わせを与えるだけで、安定な結晶構造を高速かつ自動で発見する、 Matlantis CSPについてご紹介します 。
Matlantis CSPとは
Matlantis CSPは、特定の元素系における無数の原子配置や組成の組み合わせの中から未知の安定結晶を高速に発見する機能です。Matlantisのコア技術である汎用原子間ポテンシャル(PFP)による高速計算と、独自開発のアルゴリズムを組み合わせることで、従来の計算制約を解消し、迅速な材料探索を実現しています。

結晶構造探索(CSP)の重要性
CSP(Crystal Structure Prediction)とは、与えられた元素系の中でエネルギー的に安定な結晶構造を特定するタスクです。材料研究において、主に以下の2つのシーンで不可欠なアプローチとなります。
- 新規結晶構造の探索:まったく未知の安定な結晶構造を見つけ出し、相図を構築したい場合。多数の原子配置や組成を網羅的に生成・評価することで、それらを共通のエネルギー指標で比較できるようになり、どの構造がエネルギー的に相対的に不安定であるかを議論可能にします。これにより、実験的に成立し得ない構造を事前に除外し、安定結晶候補を効率的にスクリーニングできます。
- 相安定性の評価(母構造への元素添加): 既知の結晶構造をベースに、元素を添加した際にどの程度までなら相が壊れずに安定性を保てるかを定量化したい場合。母構造に対する元素置換を系統的に行い、それぞれの組成におけるエネルギー変化や相対的な安定性を評価することで、どの条件から相が不安定化するのかを明確にできます。これにより、相安定性が維持される組成範囲と破綻する境界を事前に特定し、実験的に成立しない組成条件を効率的にスクリーニングすることが可能になります。
材料開発の現場では、可能性がわずかでもあれば多大な時間をかけて合成実験が繰り返されます。計算によってあらかじめ「物理的に不可能である」と切り分ける(スクリーニングする)ことができれば、無駄な実験を回避し、その時間をより有望な候補の探索に振り向けることができます。この「できないことを事前に知る」価値が、開発効率を劇的に向上させます。
従来手法の課題とMatlantis CSPの特徴
従来手法の課題
従来のCSP手法には、主に3つの大きな壁がありました。
- 計算時間の限界:DFT計算(電子状態計算)による構造評価は1構造あたり数時間を要し、逆に簡易的な手法では結果の信頼性が不足していました。
- 探索の偏り:組成を変化させながら探索を行うと、特定の組成にサンプリングが偏ってしまい、網羅的な探索が困難でした。
- 環境構築・設定の煩雑さ:複雑な組成空間を探索しようとすると、入力パラメータの設定や計算環境の管理が非常に複雑で、専門的な知識が必要でした。
Matlantis CSPの3つの技術的柱
これらの課題を解決するため、Matlantis CSPは3つの技術的柱を備えています。
1. ハイスループット構造評価
PFPを用いることで、1構造あたり数秒から数分という圧倒的な速さで、信頼性の高いエネルギー評価が可能です。また、CSPの過程で生成されやすい「異常な原子配置」に対しても、頑健に計算を遂行できる仕組みを導入しています。
2. 網羅的かつ高効率な探索アルゴリズム
組成空間全体を探索するために独自開発したアルゴリズムにより、多様性を保ちながら幅広い構造をサンプリングできます。これにより、ランダム探索と比較して約3〜6倍の探索効率を実現し、任意の組成において漏れのない探索を可能にしました。
3. Matlantis環境に特化した並列処理基盤
Matlantis環境での動作を見据えたメモリ・並列処理の最適化を実施。これにより、数万回に及ぶ試行を短時間で処理できる高スループットを実現しています。自前での環境構築は不要で、すぐに計算を開始できる点も大きなメリットです。
現場の声から生まれた「使いやすさ」
Matlantis CSPは、実際の材料開発に携わるお客様からのフィードバックを反映しながら継続的に改良されています。
- 直感的な操作性:専門的な計算環境の構築を不要にし、研究者が本来の目的である「材料探索」に集中できるインターフェースを実現しました。
- 充実のExample:実践的な計算手順を網羅したサンプルコードをベースに、自分の系に合わせて元素名を書き換えるだけで、すぐに高度な探索をスタートできます。
目的に合わせて選べる2つの探索モード
目的に応じて、以下の2つのモードを使い分けることを使い分けられます。
- 全体探索:結晶構造を一切仮定せず、ゼロベースで未知の新構造を発見するモードです。原子数や組成比を固定せず、元素の組み合わせから最適な構造を網羅的に探します。
- 置換構造探索:ペロブスカイト構造などの特定の母構造を仮定し、そのサイトを別の元素で置き換えた際の安定性を探索するモードです。元素添加の限界予測などに適しています。
活用事例
未知の新結晶発見
Matlantis CSPは、In–Li や As–V などの二元系、Al–Li–Pd や La–Mo–O といった三元系において、既存データベース(Materials Project)では報告されていなかった未知の安定結晶構造を多数発見しています。PFPを用いた高速な結晶構造探索により、膨大な原子配置・組成空間を網羅的に探索し、得られた候補の多くが第一原理計算(DFT)でも安定であることが確認されました。発見された結晶構造の中には、相図の凸包を更新するものや、既存の結晶プロトタイプに該当しない真に新規な構造も含まれており、Matlantis CSPが未知結晶探索と相図更新の双方に有効であることを示しています。

置換構造探索による相安定性評価(Liイオン伝導体 LLTO)
Matlantis CSPは、新規結晶探索だけでなく、母構造を仮定した置換構造探索にも活用できます。Liイオン伝導性固体電解質である LLTO(Li–La–Ti–O 系)を対象に、ペロブスカイト構造を母構造として、Aサイトを Li、La、空孔で置換した多数の置換構造を生成しました。最大でスーパーセル10倍まで拡張することで、部分占有された Li サイトの多様な配置を網羅的に探索しています。得られた置換構造に対して Li–La–Ti–O 系の相図を用いて energy above hull を評価することで、Aサイト(La)にどの程度 Li や空孔を導入すると構造が不安定化するのかを、エネルギー単位で定量化できます。これにより、実験的に成立し得ない組成や配置を事前に除外し、イオン伝導性向上に向けた有望な組成範囲を効率的にスクリーニングすることが可能になります。

※技術背景について:本機能の最適化アルゴリズムには、Preferred Networksが中心となって開発するオープンソースの自動ハイパーパラメータ最適化フレームワーク「Optuna™」を、本ソフト向けに高度に改良して活用しています。