MOFの商用化に向けた候補選別をどう加速するか──シミュレーションが後押しするAtomisの材料探索プロセス

株式会社Atomis
業種:化学(多孔性材料・MOF / PCP)
事業内容:Atomisは、京都大学・北川進教授の研究を基盤として設立された京大発ベンチャーであり、多孔性材料MOF(Metal-Organic Framework)の社会実装を目指した材料開発を進めています。ガス分離・回収や資源循環などの用途に向けて、性能だけでなく量産性やコストも踏まえて候補材料を選定し、研究段階から産業化までを見据えた材料探索プロセスの構築に取り組んでいます。

実験に進む前の段階で候補の優先順位を整理できるようになったことは大きいと感じています。スクリーニングの段階では絶対値が完全に一致することよりも、候補同士の優劣が比較できることが重要です。その意味で探索の判断を早い段階から進められるようになりました。

MOF/PCP(Metal-Organic Framework/Porous Coordination Polymer)は、高いガス吸着性能や設計自由度から、エネルギー・環境分野を中心に大きな期待を集めてきました。

その学術的価値は、MOF研究の第一人者である京都大学の北川進教授が2025年にノーベル化学賞を受賞したことからも示されるように、世界的に認められています。

一方でMOFは、高い社会的価値が期待されるにもかかわらず、商用化が難しい材料としても知られてきました。

このような状況の中、MOFを研究にとどめることなく、実際の製品・事業として社会実装することを目的に設立されたのがAtomisです。北川教授を科学顧問に迎え、研究と事業の間にある課題に正面から向き合いながら、MOF商用化に取り組んでいます。

Atomisでは、研究段階で得られる知見を、いかに事業判断につなげていくかが重要なテーマとなっていました。その取り組みの中で導入されたのが、「Matlantis」です。

本記事では、Atomis代表取締役CEOの浅利氏と、現場で実際にシミュレーションを行う研究者の張氏、甘水氏に、MOF商用化におけるMatlantisの役割や、研究設計・意思決定の変化について伺いました。

期待されるMOFの商用化に挑む

Q. まず、Atomisさんの事業概要について教えてください。どのような事業を展開されているのですか?

浅利:

Atomisは、PCP/MOFをコア技術とするスタートアップで、MOFだけでなく次世代の多孔性材料全般を扱おうとしています。

事業としては大きく二つの柱があります。一つは、材料を設計評価・製造販売するマテリアル事業(BtoB)です。MOFのような次世代の高機能材料は、コンピュータシミュレーション(in silico)で設計できるようになってきているので、そうしたシミュレーションを活用しながら、お客さま企業向けに材料を提供するビジネスをやっています。

もう一つが、社会課題の解決を目的としたインパクト事業です。創業当時から「ガスの流通」をテーマに据えています。ガスボンベの世界は100年間ほとんど技術的なブレークスルーが起きていません。そういう業界こそスタートアップが変えるべきだと思っています。こちらは単なるBtoBではなく、BtoCまでできるようなビジネスも進めています。

素材ビジネスは採用までに時間がかかる領域でもあります。そのためAtomisでは、マテリアル事業とインパクト事業を並行して進めることで、事業の成長を支える構造を作っています。

株式会社Atomis 代表取締役CEO 浅利大介氏

Q. 2025年には、Atomisで化学顧問を務められている北川先生がMOFの研究でノーベル賞を受賞されました。MOFは研究分野ではよく知られていますが、実際の産業用途としてはどのような使われ方が多いのでしょうか?

浅利:

MOFは基本的に、ガスの分離や吸着といった用途で使われることが多い材料です。排ガスからのCO₂回収や、水素などのガスの貯蔵・分離といった分野が代表的ですね。ほかにも、コーティング材料や消臭材料など、さまざまな用途の研究が進められています。

その中で、Atomisでは現在3つの用途で製品化されています。

一つは、フッ素コーティングのコーティング剤に混ぜることで、コーティングの耐久性を上げる用途です。

もう一つは、冷媒の再生用途です。回収してきた冷媒(フロンガス)はいろいろな種類が混じっているので、そこから法律上使えない冷媒を取り除いて、使っていいものだけをもう一度再生して使う。この分離のところでMOFが使われています。

あともう一つは、消臭・抗菌の素材としての用途です。活性炭は消臭では有名ですが、活性炭では取り切れない臭いがあったり、抗菌のような機能は出せなかったりします。そういった新しい機能を付与した材料として製品化されています。

ただ、こうした用途は市場規模としてはまだ小さくて、当社としても大きな売上にはなっていません。

一方で、多くのMOFメーカーが取り組んでいるのがCO₂の分離です。ここが大きなビジネスチャンスになっています。CO₂分離は材料の量が非常に多く必要になるので、何百トンという規模で使われる可能性があります。量産して売ることができれば価格も下がりますし、「実際に作れて品質も担保できる」ということを世の中に示すことができます。

新素材は高付加価値の領域を攻めがちで、そうすると値段が高いまま少量だけ売る形になりがちです。そうなると「限られた用途でしか使えない材料」と見られてしまって、他の産業に広がりにくい。

なのでCO₂分離は、量産できる、価格も下げられる、という実績を残すという意味でも重要なテーマだと思っています。

MOFはなぜ商用化が難しいのかー研究と産業のギャップ

Q. こうした可能性がある一方で、MOFは商用化が難しい材料とも言われています。実際にはどのあたりが課題になるのでしょうか?

浅利:

MOFは有機配位子と金属の組み合わせを変えることで機能と構造をデザインできる材料ですが、デザインできるがゆえに研究が発散する傾向にあります。

AIで新しい材料を設計するときも、どんな配位子ならどういう穴や特性になるかを考えながら設計しますが、そこを突き詰めると結局「新しい試薬を作る」という話になってしまう。そうすると部材のコストがどんどん上がっていきます。

つまり、デザインできるがゆえに採算度外視になりがち、というのが商用化を目指す時の落とし穴だと思っています。

なので我々は、お客さんと話しながら最初の段階から値段感も含めて考えます。性能だけを追い求めるのではなくて、耐久性・性能・コストのバランスが良いものが実用化される。

大学の研究だと、どうしても「性能が突出した材料」を選びがちです。例えば、グローブボックスから出したらすぐ壊れてしまうような材料でも、性能が高ければ論文としては成立します。でも実用化を考えると、そういう材料は最初から候補から外さないといけない。

そのために、我々は POROSTM というデータベースを独自に作っていて、材料の性能だけでなくコストも含めたデータを入れています。そうすることで、お客さんが望む条件に合う材料を早く見つけられるようにしています。

もう一つ大きいのが、研究と産業のスケールの違いですね。

大学では100mgくらいあれば十分実験できますが、企業用途になると最低でも1kgくらいから、という話になります。作り方も何でもいいわけではなくなります。

例えば、有機溶媒を大量に使ってエネルギーをどんどん使うような製法だと、環境面でも厳しい。環境に優しい材料と言いながら、製造時にCO₂がたくさん出てしまうということも起きます。

実用化に耐えるものを作るためには、材料の性能だけではなくて、製法やコスト、環境負荷も含めて多面的に考える必要がある。そここそ我々がやるべきところだと思っています。

Q. こうした産業化の難しさもある中で、Atomisではどのようなプロセスで研究段階から製品化まで、開発を進めているのでしょうか?

浅利:

マテリアル事業では、用途やお客さまのニーズに応じて、さまざまな形で研究開発のプロセスを組み合わせています。

Matlantisなどでシミュレーションを行うのは、最初の段階の机上評価です。

お客さまから「MOFで何かできないか」という相談をいただいたら、まずは in silicoでシミュレーションを回して検討します。

当社のデータベースも使いながら候補材料を探索して、その中でGCMC*など一般的なシミュレーションも行います。ただ、場合によっては「DFT計算が必要だよね」というケースも出てきます。その場合は、DFTでの計算と、Matlantisでの計算結果を比較しながら評価を進めていきます。

そうやってシミュレーションを何度も回しながら、有望な候補を絞り込んでいきます。

シミュレーションの段階で「これは良さそうだ」という候補が見えてきたら、次は実験でデータを取ります。シミュレーションと実験結果が合っていればそのまま開発を進めますし、合わなければもう一度シミュレーションに戻って検討をやり直します。そうやって研究から開発へと進めていくイメージです。

実験についても、最初はラボスケールで実施し、徐々に実際の利用条件に近い形へとステップアップしていきます。最終的に大きなスケールでの検証ができて問題なければ、製品化に進むという流れになります。

必要なときにすぐ計算できることで研究プロセスが変わる

Q. 「シミュレーションを先に」というお話がありましたが、張さんと甘水さんがお二人でシミュレーションを担当されているのでしょうか?

張:

シミュレーションを担当しているのは、私と甘水の 2名です。

チーム全体としては 4名の体制で、残りのメンバーは主に実証を担当しています。

開発は、シミュレーションと実証を行き来しながら進める形になっています。

シミュレーションだけだと結果が独り歩きしてしまうこともあるので、実験値を確認しながらパラメータを調整する、といったこともまだ多いです。そういう意味でも、実証と組み合わせながら進めています。

甘水:

私はシミュレーションを担当するメンバーとして入社しました。

MOFの吸着特性を評価するために、シミュレーションで吸着量を計算するなど、計算側の解析を主に担当しています。

Q.企業との共同研究をきっかけにMatlantisを使い始め、その後Atomisとしても継続的に導入いただいていますが、研究用途にとどまらず社内の研究開発プロセスでも使い続けたいと思われたポイントはどのような点だったのでしょうか。

張:

MOFでは吸着特性、特にエネルギー評価が重要になるのですが、その点でMatlantisは計算が非常に速いというのが大きなメリットでした。

京都大学と契約してスパコンも使える環境はあるのですが、大学のスパコンは共有資源なので、ジョブを投入してもすぐに計算が実行できるとは限りません。混雑状況によっては数日以上待つこともあり、「今この条件を試したい」と思ったタイミングで計算できないことがあります。

その点、Matlantisは必要なときにすぐ計算を回せるため、実験の流れを止めずにシミュレーションを組み込めるところが大きかったです。実験結果を見ながら条件を変えてすぐ次の計算を試す、といった進め方ができるようになり、研究全体の意思決定のスピードが上がったと感じています。

こうした即時性は共同研究の中だけでなく、その後の社内の研究開発プロセスでも継続して活用したいと思った理由の一つでした。

Q.DFTなど他の計算も活用されている中で、研究の流れのどの段階でMatlantisを使うことが多いのでしょうか。

張:
DFTは精度の面で信頼性が高いので、最終的な評価や詳細な検証には引き続き使っています。一方でMatlantisは計算が非常に速いため、まず候補構造のスクリーニングや挙動の把握といった初期段階で活用することが多いです。

実際にスパコンでの計算結果と比較しても大きく外れていないという実感があり、探索用途としては十分に信頼できると感じています。

また、GCMC計算についても通常は力場パラメータの調整が必要になりますが、Matlantisでは比較的すぐに計算を始められるため、材料の吸着特性を評価する際にも使いやすいと感じています。

Q.こうした計算の速さは、研究段階だけでなく、材料の商用化判断や開発スピードにも影響しているのでしょうか。

張:
はい。商用化の検討プロセスの中でも、計算結果をすぐに得られることは大きなメリットだと感じています。材料の評価では「次にどの条件を試すか」を早く判断する必要がありますが、その判断に必要なデータをその場で得られるのは非常に重要です。

また、MatlantisはPythonで計算を実行できるので、複数条件の計算をまとめて連続的に流せる点も使いやすいと感じています。従来のツールでは条件ごとに個別に設定する必要があり、どうしても作業負荷が大きくなってしまいますが、Matlantisであれば一度スクリプトを書けば連続的に計算を実行できるため、効率よくデータを蓄積できます。

こうして短時間で複数条件の結果を比較できるようになったことで、材料の評価や選定のスピードも上がり、商用化に向けた検討を進めやすくなったと感じています。

Q.張さんはもともと実験を中心に研究されていたとのことですが、計算はどの程度ご経験があったのでしょうか。また、実際にMatlantisを使ってみてハードルは感じませんでしたか。

張 :
もともとは実験が中心で、シミュレーションはほとんど経験がありませんでした。共同研究をきっかけに計算を使うようになり、その中でMatlantisにも触れるようになりました。元々は計算の専門というわけではありません。

計算ツールはそれぞれ独自のインプット仕様を理解する必要があることが多く、最初の立ち上がりに時間がかかる印象がありましたが、MatlantisはPythonで操作できるので比較的入りやすかったと感じています。既存のコーディングの知識を活かしながら使える点は大きかったです。

さらに、「こういう計算も試してみたい」と思ったときにも新しい手法へ踏み出しやすくなりました。ChatGPTのような生成AIも活用しながらコードを書き、新しい計算に取り組めるようになった点も大きな変化だったと感じています。計算の選択肢そのものが広がったという意味で、研究の進め方にも影響があったと思います。

シミュレーションで見えることが判断を前に進める

Q.こうした研究の進め方の変化は、MOFの商用化や事業にどのような影響を与えていますか

張:

Matlantisは必要なときにすぐ計算を回せるため、実験の流れを止めずにシミュレーションを組み込めるところが大きかったです。

材料の評価では「次にどの条件を試すか」を早く判断する必要がありますが、その判断に必要なデータをその場で得られるのは非常に重要です。複数条件の計算もまとめて連続的に流せるので、短時間で結果を比較できるようになり、材料の評価や選定のスピードが上がりました。

また、MOFの探索では吸着量や安定性をさまざまな条件で一気に評価できるため、相性の良い候補を効率よく比較できます。収束しない構造については「実際には作れない可能性が高い」と判断できることもあり、実験に進む前の段階で候補の取捨選択ができるようになりました。

また、スクリーニングの段階では必ずしも実験値と完全に一致する絶対値が得られることよりも、候補同士の優劣が正しく比較できることが重要だと考えています。実際にMatlantisの結果は多少のばらつきはあっても傾向が揃うため、探索用途として十分に活用できています。こうした形で候補の優先順位を早い段階で整理できるようになったことも、商用化に向けた検討を進めやすくなった理由の一つだと感じています。

浅利:

経験則だけで説明しても、お客様にはなかなか納得してもらえないことがあります。「これはこういうものなんです」と言っても伝わりにくい場面は多いです。

その点、Matlantisを使うと材料の挙動を可視化できるので、説得力のある資料を作りやすくなったと感じています。

また、大きい分子量の系も計算できるので、単なるユニット構造だけでなく、構造全体の動きを示すことができます。MOFは柔軟で構造が動く材料でもあるので、その動きを動画として見せられるのも良いところです。

「普通ならガス分子が入らないと思っていた吸着サイトに実際には入っていく」といった挙動も可視化できるため、お客様側の納得感にもつながっていると思います。

こうした形で材料の挙動を根拠をもって説明できるようになったことで、お客様との検討が前に進みやすくなり、商用化に向けた判断にもつながっていると感じています。

*GCMC(Grand Canonical Monte Carlo)とは、多孔質材料などの内部の空間に原子や分子を出し入れし、平衡に到達した際の吸着量や配置などを見積もるシミュレーション手法。MOF・ゼオライト・多孔質炭素・電池材料・触媒表面などの評価でよく使われます。

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