オープンソースMLIPとの比較

原子間の複雑な相互作用を学習し、化学現象を高精度に再現する機械学習ポテンシャル(MLIP)。現在、この革新的なAIモデルの開発大手企業や大学が参加し、競争が激化する中、Matlantisのコア技術であるPFPは、2019年から他に先駆けて汎用MLIPとしての開発が進められてきました。本稿では、このPFPが主要なオープンソースMLIP(OSS-MLIP)と比較してどのような性能を持つのか、その検証結果をご紹介します。

物性に対する計算精度

MLIPは、原子に働く力と系のエネルギーを学習しています。一方で、材料開発における実用的な観点から見れば、現実の物性をどれだけ正確に予測できるかが重要です。したがって、特に多様な材料への応用を目指す汎用的なMLIPの性能を評価する際には、直接学習した力やエネルギーだけでなく、各種物性の予測精度も検証すべきと言えます。ここでは、実用上重要な物性である格子熱導電率および表面エネルギーについて、PFPとOSS-MLIPを比較します。ここでは、格子熱導電率と表面エネルギーについてPFPとOSS-MLIPを比較します。

格子熱導電率の精度比較

格子熱導電率は工学的に重要な物性であるのと同時に、計算にはポテンシャルエネルギー曲面の高次微分を必要とするため、MLIPを厳しく評価する上での指標にもなります。ここでは、格子熱導電率をPFPとOSS-MLIPを用いて予測し、その結果をPhononDB-PBEデータセットのDFT計算結果と比較しました。予測誤差は、格子熱伝導率のmean Symmetric Relative error(mSRE)と各フォノンのmean Symmetric Relative Mean Error(mSRME)を用いました。これらは値が小さいほど、精度が高いことを意味する指標です。結果を表1に示します。PFPは他のOSS-MLIPより高い精度で格子熱導電率が予測できることが分かりました。

表1. PFPとOSS-MLIPの格子熱伝導率予測精度の比較

 mSRE (↓)mSRME (↓)
PFP v6 (distance 0.03 Å)0.5300.656
PFP v6 (distance 0.1 Å)0.2450.374
MACE-L (Ref.)0.7100.935
MACE-L (distance 0.03 Å)0.7190.932
MACE-L (distance 0.1 Å)0.6940.915
MatterSim-v1 (Ref.)0.4130.575
MatterSim-v1 (distance 0.03 Å)0.4130.575
MatterSim-v1 (distance 0.1 Å)0.3660.541

詳細は格子熱伝導率計算をご確認ください。

表面エネルギーの精度比較

現実の材料開発においては、無機材料の理想的な結晶構造のようなものだけでなく、材料の表面や材料同士の界面などの構造も多く扱われます。それらは特異的なエネルギー特性を有するため、表面エネルギーが重要な物性となります。ここでは、PFPとOSS-MLIPを用いて表面エネルギーを予測し、CHIPS-FF Surface EnergyデータセットのDFT計算結果と比較しました。結果を表2に示します。その結果、PFPは最高精度同等で表面エネルギーを予測できることが分かりました。

表2. PFPとOSS-MLIPの表面エネルギー予測精度

Model nameMAE (J/m²)
PFP v70.19
eqV2_31M_omat_mp_salex0.17
eqV2_31M_omat0.18
eqV2_86M_omat_mp_salex0.18
eqV2_153M_omat0.19
eqV2_86M_omat0.20
orb-v20.18
MatterSim-v10.36

詳細は、表面エネルギーのベンチマークをご確認ください。

計算可能原子数と速度比較

界面での反応や拡散など、実際の材料開発で重要な現象を現実に近いモデルで説明するには、少数の原子の振る舞いだけでは不十分です。そのため、MLIPの性能を評価する上で、シミュレーション可能な原子数と計算速度は重要な指標となります。

ここでは、PFPと5種類の他のMLIPについて、計算可能原子数と計算速度を比較した結果を紹介します。PFPはMatlantis上で実行し、他のMLIPはNVIDIA A100 GPU(GPUメモリ80GB)とASE Calculatorを用いて計算を行っています。それぞれ力の計算を10回行った平均時間を計算速度としました。

その結果、PFPの計算可能原子数は、OSSとして公開されている他のMLIPと比較して3~20倍であり、同一原子数での計算においても最速でした。この結果は、PFPを用いることで、OSS-MLIPでは困難な大規模シミュレーションや、従来の手法では不可能だった複雑な現象のシミュレーションが実行可能になることを示唆しています。これにより、複雑な現象の解明や精度の高い物性計算が進展すると期待されます。

図1. PFPとOSS-MLIPとの計算可能原子数・速度比較