AI for Scienceの最前線 ―「Matlantis User Conference 2026」開催レポート

マーケティングチーム マーケティングチーム

2026年9月18日、東京・丸の内で「Matlantis User Conference 2026」を開催しました。会場には関係者を含め400名を超える方が集まり、9件の講演や61件のポスター発表、パネルディスカッションを通じて交流を深めました。
今年のテーマは「AI for Scienceの最前線 ~科学者とAIによる研究開発の進化~」。昨年より広い会場に移し、2会場での並行セッションやパネルディスカッションなど、プログラムも拡充した当日の様子をお届けします。
ユーザー様のご講演内容についてはポイントを絞ってのご紹介とし、弊社メンバーからの講演内容を中心に触れております。

開会前から、研究者同士の会話が広がる

UC2026 受付の様子

今年も受付開始から講演が始まるまで、ポスターをご覧いただける時間を設けました。早い時間からポスターを目当てに来場される方も多く、ホワイエでは一枚ずつ見て回る姿が見られました。

また、来場者同士が顔を合わせ、近況や研究について言葉を交わす場面も。講演が始まる前から、企業や研究機関の垣根を越えた交流が生まれていました。

AI for Scienceの進化を、研究者の意思決定へ

UC2026 Keynoteで質疑にこたえるMatlantis岡野原大輔
岡野原 大輔 Matlantis株式会社 代表取締役社長

ほぼ満席となったメインホールで、Matlantis代表取締役社長の岡野原大輔によるKeynoteが始まりました。テーマは「Power Decisions with Atomistic Insights ― AI for Science 時代の意思決定」。Matlantisの5年間を振り返るとともに、AIの進化によって科学研究の進め方がどう変わるのかを語りました。
研究には、課題を見いだしてモデル化し、計算や実験を行い、得られた結果を検証・解釈するという一連の流れがあります。AIによって計算の準備や実行が速くなる一方で、「何を解くべきか」「その結果を信頼できるか」を見極める重要性は、むしろ高まっていきます。岡野原は、研究のすべてをAIに任せるのではなく、研究者が洞察と判断に力を注げるよう支えることがMatlantisの目指す方向だと示しました。
「Power Decisions with Atomistic Insights ― 原子レベルの洞察で、意思決定を動かす」。講演では、このビジョンに込めた思いと、今後の研究開発を支える取り組みを共有しました。

Justin S. Smith NVIDIA Principal Developer Relations Manager
Justin S. Smith NVIDIA Principal Developer Relations Manager

続いてスペシャルゲストとして登壇したのは、NVIDIAのJustin S. Smith氏。機械学習ポテンシャルの先駆的な研究である「ANI-1」[1]の開発を牽引し、Matlantisの技術にもつながる分野を切り拓いてきた研究者です。
講演では、一つの材料ごとにポテンシャルをつくっていた時代から、幅広い元素や材料を扱う汎用モデルへと至る歩みを振り返りました。自身が携わったANI-1の研究にも触れながら、データと計算技術の進歩によって材料研究の可能性がどう広がってきたかを紹介。終盤にはNVIDIA ALCHEMIを活用した計算の高速化など、MatlantisとNVIDIAの現在の連携にも触れられました。

Justin氏が講演の終盤に触れた、MatlantisとNVIDIA ALCHEMIの連携。その技術が材料開発の現場でどう使われているのかを示したのが、ENEOSとNVIDIAによるユーザー講演でした。
ENEOSでは、MatlantisとNVIDIA ALCHEMIを活用し、AI・GPU・材料シミュレーションを組み合わせた新たな材料開発に取り組んでいます。まずNVIDIAの柴山拓也氏が、ALCHEMIによる計算の高速化とMatlantisとの連携を解説。続いてENEOSホールディングスの辻本浩行氏が、研究現場での活用例として酸素発生触媒の探索を紹介しました。希少で高価なイリジウムに代わる材料を、膨大な候補の中からどう見つけるか。計算の高速化によって、より広い範囲を探索する取り組みが語られました。
印象的だったのは、講演の終盤に交わされたお二人のやり取りです。柴山氏が、計算の高速化によって別の工程がボトルネックになっていないか問いかけると、辻本氏は候補となる構造をつくる工程や、計算で絞り込んだ候補を実験に移す際の課題を挙げました。探索できる範囲が広がっても、最後に何を試すかを決めるのは研究者。AIによる高速化が進むなかで、研究者が何を見極め、判断していくのかを考えさせられるやり取りでした。
本事例に関してより詳細についてはプレスリリースでも取り上げられております。

MatlantisとNVIDIA ALCHEMI Toolkitの連携に関してはこちらをご覧ください。

ポスターを囲む、熱気あふれる対話

今年は61件のポスターが集まり、電池、触媒、半導体、高分子など、幅広い分野の研究成果が並びました。ポスターを囲んで、所属や専門の異なる研究者が意見を交わしていました。

昨年より広い会場を用意しましたが、ポスターセッションが始まると、通路の奥まで人が続くほどの盛況ぶり。ポスターの前には幾重にも人の輪ができ、発表を聞こうと身を寄せる姿が見られました。ポスターは終日掲示され、発表時間を延長して議論を続ける方もみかけられました。

UC2026ポスター会場の様子
UC2026ポスターセッションの様子

研究現場での実践と、Matlantisのこれから

午後はメインホールとサテライト会場で並行セッションを開催しました。前半は、Matlantisの川口順央と東京科学大学の安藤康伸氏が、それぞれの会場に登壇しました。

AIが拡げるシミュレーションの役割— 組織の研究力を引き上げる

川口 順央 Matlantis株式会社 プロダクトマネジメント部長
川口 順央 Matlantis株式会社 プロダクトマネジメント部長

メインホールに登壇したのは、Matlantisのプロダクトマネジメント部長、川口順央です。製品開発の方向を担う立場から、進化したシミュレーションの力をどう組織の研究力に変えていくかを語りました。
計算の専門家には依頼が集まる一方、実験研究者には計算を学ぶ時間がない。「計算は計算屋さんの仕事」という意識も残る。川口が示した双方の壁には、研究現場に近い講演ならではの実感がありました。AIエージェントが構造の準備や計算条件の設定を助ければ、専門家は問題設定や結果の検証に時間を使える。「AIが変えるのは実行であって、判断ではない」という言葉からは、作業が速くなるほど、何を調べ、結果をどう生かすかという研究者の判断が大切になることが伝わってきました。
9月16日に発表した計算化学者の知見を実験研究者へ届ける仕組みとして「Matlantis Case Studio」の紹介を行いました。レゾナックとの共同実証では、実験化学者がAIとの対話で目的の計算を実行した事例も。「計算できる人」と「できない人」の間に、必要なときに「ちょっと使う」人を増やす。専門家の知見を製品を通じて組織に広げていく方向が示されました。同時にポスターセッションでは本取り組みに関する問い合わせ窓口を用意し、来場者との対話がかわされました。

原子間ポテンシャル研究の変遷と機械学習への発展〜アモルファス・電池・触媒研究への展開〜

同じ時間、サテライト会場には東京科学大学の安藤康伸氏が登壇しました。後方に椅子を追加するほど多くの方が集まるなか、安藤氏は自身が機械学習ポテンシャルの研究に取り組み始めた頃の話も交え、原子間ポテンシャルの歴史を振り返りました。
計算結果を見ながらパラメータを調整していた時代から、第一原理計算の結果を学習する時代へ。当時は公開されたコードや汎用ポテンシャルもなく、材料ごとに学習の仕組みを整える必要があったといいます。いまは多くの研究者が使えるようになった技術にも、長年の試行錯誤があることを感じさせる話でした。

結晶構造探索法(CSP)を用いたCoフリー層状岩塩型正極材料の構造安定性評価

並行セッション後半のメインホールでは、本田技術研究所の川合光幹氏が、電気自動車のバッテリーに使う正極材料の研究を紹介しました。講演の冒頭で語られたのは、「計算を商品に結びつけることが大事」という視点です。電気自動車が広がれば、バッテリーに使う金属の需要も増える。川合氏は資源の価格や供給を見据え、 特定金属元素への依存を減らした材料を探る取り組みを、商品化へ向けた第一歩として話し始めました。
有望な元素の組み合わせが見えても、その結晶構造が安定かどうかは、別に確かめる必要があります。川合氏は元素を変えたときの構造や性質を調べたうえで、Matlantisの結晶構造探索法(MTCSP)を用いて候補の安定性を評価した経緯を紹介しました。商品化を見据えながら、計算で得た候補を一歩ずつ検証していく研究の進め方が伝わってきました。
本田技術研究所でのCSP活用に関しては事例インタビューにも掲載されております。

シミュレーションの先へ。Matlantisが実現する「材料・プロセス設計」の革新

浅野 裕介 Matlantis株式会社 テクニカルソリューション部長
浅野 裕介 Matlantis株式会社 テクニカルソリューション部長

後半のサテライト会場には、Matlantisのテクニカルソリューション部長、浅野裕介が登壇しました。かつては実験を中心に研究し、コードを書くのは苦手だったという自身の話から始まった講演。計算を使う人の立場を知る浅野が投げかけたのは、「シミュレーションで結果を出した後、どうするか」という問いでした。
Matlantisによって原子レベルの計算は速くなり、電池や触媒など、研究での活用も広がっています。しかし、浅野は「シミュレーション結果を出すことがゴールではない」と強調しました。計算で得た知見を材料の設計に使い、さらに製造プロセスや性能、コストの改善へとつなげてこそ、研究開発の成果になる。講演では、原子レベルの解析をより大きなスケールの計算につなぎ、実際のプロセスで起きることを予測した事例も紹介されました。
後半には、AI時代に向けてデータを「生成・蓄積・活用」するという展望も示しました。浅野がMatlantisに期待する役割の一つは、研究者がまだ試せていない条件も含め、次の判断に役立つ計算データを生み出すことです。質疑では、有機・高分子材料への展開や電子状態を扱う計算について質問が上がり、現状の難しさや、ほかの手法と組み合わせる必要性にも率直に触れました。計算で何ができるかだけでなく、その結果を現実の開発にどう届けるかを考える講演でした。

先端メモリ開発におけるMatlantisの活用

並行セッションを終え、参加者は再びメインホールへ。ここからは教育系YouTuberのヨビノリたくみ氏が司会として登場し、会場を盛り上げました。

UC2026司会として登場したヨビノリたくみ 氏 YouTuber/教育クリエイター
ヨビノリたくみ 氏 YouTuber/教育クリエイター


続く講演に登壇するキオクシアの市川尚志氏とは、実はクイズ大会で顔を合わせる関係で、先日も同じ大会に参加していたそうです。講演に先立ち、ヨビノリたくみ氏から「クイズ王」の市川氏へフラッシュメモリに関するクイズが出題される一幕も。二人のテンポの良い掛け合いに会場が大きく沸く中、市川氏と安田かすみ氏の講演がスタートしました。
講演では、市川氏がフラッシュメモリの身近な用途や開発上の課題を紹介した後、安田氏は半導体素子の閾値特性変動メカニズム解析を紹介しました。デバイスの性能に関わる性質が、界面で何が起きているかによって変わる。Matlantisで構造を調べ、別の計算手法とも組み合わせてその理由を探る取り組みです。
質疑では、計算で再現した現象を実際の製造条件とどう結びつけて考えるかについて、ほかの企業の研究者からも質問が上がりました。

【パネルディスカッション】AIは研究・開発をどう変えたのか?実験・計算・データの共創の現在地

UC2026パネルディスカッションのパネリスト、モデレーター左から、レゾナック 吉田勝尚 氏、AGC 吉田拓未 氏、ヨビノリたくみ 氏、住友電気工業 高桑達哉 氏、トヨタ自動車 齋藤信氏
左から、レゾナック 吉田勝尚 氏、AGC 吉田拓未 氏、ヨビノリたくみ 氏、住友電気工業 高桑達哉 氏、トヨタ自動車 齋藤信氏

続くパネルディスカッションには、AGCの吉田拓未氏、レゾナックの吉田勝尚氏、トヨタ自動車の齋藤信氏、住友電気工業の高桑達哉氏が登壇しました。進行はヨビノリたくみ氏。会場の参加者にも「AIスタンス診断」に参加いただきながら、各社の研究現場でAIをどう使っているかを話していただきました。
最初の話題は「AIに任せたいのは作業か、思考か」。研究者としては主に作業に使っている一方、マネジメントでは考えを整理する相手としても使っているといいます。AIで仕事が楽になると思っていたものの、試せることが増えて、かえって判断することが増えたと話しました。
では、何を人が担うのか。現場にはまだ言葉になっていない課題が多く、材料がどう使われるかを見て研究テーマを考えるのは、人のほうが得意だという意見がありました。「どこで勝負するか」は自分で決めたいという声も。AIに任せたい仕事の話から、研究者が手放したくない仕事の話へと広がっていきました。
若い研究者の育成も話題になりました。AIを使って効率よくできる部分だけで終わらず、残る難しい部分に取り組んでほしい。学生には泥臭く研究をしてほしい。そんな発言を受け、実験を重ねることや、シミュレーションと現実のずれを自分で確かめることについても、登壇者から次々に話が出ました。AIの使い方を語るうちに、研究者としてどんな経験を積むべきかにまで話が及んだパネルディスカッションでした。

AI for Materials を日本の材料産業全体の力へ

服部 正 氏 内閣府 科学技術・イノベーション推進事務局参事官(マテリアル担当) 文部科学省 研究振興局参事官(ナノテクノロジー・物質・材料担当)
服部 正 氏 内閣府 科学技術・イノベーション推進事務局参事官(マテリアル担当) 文部科学省 研究振興局参事官(ナノテクノロジー・物質・材料担当)

クロージングにはゲストとして、内閣府の服部正氏が登壇しました。「マテリアルは我が国の基幹産業。勝ち続けなければならない」。力強い言葉で始まった講演では、川上・川下の産業、分析機器産業、アカデミアをつなぐ「知のバリューチェーン」の構想が語られました。AI for Materialsを個々の研究での活用にとどめず、日本の材料産業全体の力にしていく。


講演の続きは、懇親会で

UC2026懇親会の様子

講演を終えると、ポスター会場だったホワイエに料理とお酒が並び、懇親会が始まりました。登壇者に講演で気になったことを尋ねたり、ポスター発表の延長で議論を深めたりグラスを片手に話すうち、議論が白熱する輪もあちこちにできていました。分野や所属を越えた会話は、閉会後も尽きませんでした。

Matlantis User Conference 2026にご登壇いただいた皆さま、ポスター発表いただいた皆さま、そして、ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。
Matlantisはこれからも、ユーザーの皆さまが研究成果や現場で得た知見を共有し、つながることのできる場をつくってまいります。また次の機会にお会いできることを楽しみにしています。

UC2026岡野原大輔

[1] J. S. Smith, O. Isayev, A. E. Roitberg; ANI-1: an extensible neural network potential with DFT accuracy at force field computational cost. Chem. Sci. 2017; 8 (4): 3192–3203. https://doi.org/10.1039/c6sc05720a

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