メタノール合成触媒の計算と実証
テーマ概要
カーボンニュートラル社会の実現にはCO2を原料とする化学品・燃料製造技術が不可欠です。その中でも、CO2水素化によるメタノール合成は、再生可能エネルギー由来の水素とCO2から主要な化学原料を製造する基幹技術として期待されています。
実用化に向けては、メタノール合成触媒とゼオライト触媒を組み合わせて、一段階で有用な化学品を得る「二元機能触媒」が注目されています。しかし、 ゼオライト触媒の活性化には300℃以上の高温が必要ですが、従来のメタノール合成触媒は高温域で目的外の一酸化炭素(CO)が生成する副反応が活発となり、収率が低下するという課題がありました。
そこで本研究では、ZnZrOx触媒について、高温でも副反応(CO生成)を抑え、高いメタノール選択性を保ち、結果として高メタノール収率を達成できる有望ドーパント候補の系統的探索と候補材料の実証実験を実施しました。具体的には、複雑な表面構造を再現する独自のマルチ構造モデルを構築し、これを活用したスクリーニングによって、ZnZrOx触媒に対して最適なドーパント候補を特定しました。実証実験の結果、特定した触媒は未添加のZnZrOx触媒と比較して、特に高温域においてメタノール合成収率が顕著に向上することを明らかにしました。

計算方法
マルチ構造モデルの構築
ZnZrOx触媒は複雑な表面構造を持っており、単一の構造モデルでは実験の挙動を必ずしも正確に予測できるとは限りません。
そのため、異なる表面状態を網羅的に考慮するために、より現実に即した以下の3つのモデルを作成しました。図2に示した9つのスラブモデルの1つずつはそれぞれ単一構造のモデルであり、これらを複数用いることでモデルを構築しました。ここでは、この構築したモデルを「マルチ構造モデル」と呼びます。
- ①ZnZrOx(ベースモデル)
表面のZn元素比率を変化させたモデルです。触媒に吸着した反応の中間体分子のIRスペクトルを正しく表現できるか確認しました。 - ②Ma-ZrOx
ベースモデルに対し、表面のZn元素を他のMa元素(Ga, Cd, In等)で完全置換したモデルです。触媒活性を評価する指標として吸着エネルギーが再現できるか検証しました。 - ③Mdope-ZnZrOx
ベースモデルに異種元素Mdope(Pd, Pt, Cu等)を微量ドープしたモデルです。実際の触媒開発に即しておりスクリーニングに用いました(詳しくは次項参照)。

大規模スクリーニング計算方針と実証
ステップ1: マルチ構造モデルの検証(モデル①, モデル②)
単一構造モデルと比較して、マルチ構造モデルを用いることで触媒材料開発に必要な実験結果を再現できるかを検証しました。
- モデル①の検証:モデル①はZn比率を変えた表面構造の違いをみるため、触媒表面上の反応中間体のIRスペクトルを計算し、実験値と比較しました。
- モデル②の検証:モデル②は表面金属置換による触媒活性の変化を確認するため、原料(CO2*)と中間体(CO*) の吸着エネルギーを評価しました。
ステップ2: 大規模スクリーニング(モデル③)
Zn比率を変えたZnZrOxに異種金属を微量ドープさせた構造モデル③を用いて、PFPv5の対応元素である72元素に対して系統的なスクリーニングを実施しました。
- 合成可能性(熱力学安定性)の評価:
実用的な触媒設計の観点から、バルク構造のモデル③を用い、異種金属をドープしたときの安定性を評価しました - 触媒活性(吸着特性)の評価:
触媒表面上の水素(H*)と中間体(CO*)の吸着エネルギーを計算しました。
ステップ3:実証実験
スクリーニングにより絞り込まれた有望な候補材料をドープした触媒を実際に合成し、メタノール合成収率を測定しました。

結果
マルチ構造モデル①の検証

構築したマルチ構造モデル①ZnZrOx(ベースモデル)が、実際の触媒表面で起こる現象を記述できるかを検証しました。
まず、触媒表面上にCH3O*やHCOO*の反応中間体構造を吸着させ、その中間体分子構造のIR強度と波数を得ました。得られた計算結果をin-situ DRIFT分光で測定された実験値と比較しました(図4)。
HCOO*1分子を吸着させた単一構造モデルでは、2850[cm-1]付近のHCOO*ピーク位置を定性的に表現しましたが、そのほかのピーク位置を再現できませんでした。
マルチ構造モデルでは表面Zn比率、中間体被覆率の異なる複数の構造モデルのIRスペクトルを線形結合することで、実験結果の傾向を再現しました。特に重要な中間体であるCH3O*(2930cm-1)とHCOO*(2876cm-1)の主要な振動モード[2]を正確に捉えることに成功しました。
マルチ構造モデル②の検証

構築したマルチ構造モデル②Ma-ZrOxを用いた計算値が、実際の触媒活性を予測する記述子として機能するかを、文献[3]の実験データと比較して検証しました。表面構造モデルにおいて、COおよびCO2を多様な吸着サイトに置いて構造最適化を実施し、表面構造モデル内で最も安定な吸着エネルギーECO*、ECO2*を特定しました。マルチ構造モデルでは、これらの最安定値をドープ比率で統計平均したĒCO*、 ĒCO2*を触媒活性の予測記述子としました。
単一構造モデルでは、触媒活性の高低に関わらず、吸着エネルギーに差がみられず、実験の触媒活性傾向を再現できませんでした。
マルチ構造モデルでは高い活性が報告[3]されている元素群(Zn, Cd, In, Ga)が特定の吸着エネルギー領域にクラスター化されることを確認しました。これは本モデルが吸着エネルギーから触媒活性の高い材料を予測可能であることを示しています。
マルチ構造モデル①および②の検証結果から、単一構造モデルでは困難であった「複雑な実触媒表面における構造と活性の相関」を、マルチ構造モデルを用いることで高精度に記述できることが確認されました。
熱力学安定性(合成可能性)の評価

ここからは構造モデル③を用いて、Zn比率を変えたZnZrOxに異種金属を微量ドープさせた多数の触媒候補を熱力学安定性(合成可能性)と吸着特性(触媒活性)の観点から系統的なスクリーニングを実施しました。
まず、ZnZrOxバルク構造への異種元素Mdopeドープに対する凸包(Convex Hull)計算を行いました。ドープ比率を変えたときの安定性(合成可能性)を評価しました(図6)。
・異種元素(Mdope)の添加がZnZrOxのバルク材料の安定性に与える影響を評価した結果、多くの元素は添加により系を不安定化させました。
・一方で、一部の元素(A, B, Cなど)は少量添加することでZnZrOx触媒を逆に安定化させることが判明しました。
これらの候補元素(A, B, Cなど)では、特定のドープ比率においてEnergy above hullが改善され、熱力学的により安定な相の形成が可能であることが示唆されました。この結果をもとに、次段階として表面吸着特性の詳細評価を実施しました。
マルチ構造モデル③による大規模スクリーニング

次に、マルチ構造モデル③Mdope-ZnZrOxを用いて、H*とCO*の平均吸着エネルギーĒ を評価しました(図7)。
ベースモデル①ZnZrOxに対して、以下の観点から評価しました。
・H*吸着を促進する(CO2水素化能の向上に寄与)
・CO*吸着能は大きく変化させない(副生成物であるCOへの影響を抑制)
Energy above hull の結果から絞り込んだ、一部の元素(A, B, C)を少量ドープしたZnZrOx触媒は、先行研究で高活性化が報告されているPd, Pt, Cuと同様の領域に位置し、上記の理想的な特性を満たす有望な元素群と特定しました。
以上よりスクリーニングの結果として、MdopeA, MdopeB, MdopeCといった希土類元素が、触媒の安定性と潜在的な活性を両立する最も有望なドーパント候補として同定されました。
実験結果
マルチ構造モデルによる予測に基づき、スクリーニングして絞り込んだ有望候補材料を実際に合成し、メタノール合成収率評価を実施しました。
図8の青いプロット点はZnおよびドープするA, B, Cの比率を変えた新規触媒候補の高温域でのメタノール収率結果を示しています。
実験の結果は、マルチ構造モデルで予測した通り、新規触媒は従来触媒ZnZrOxと比較して、特に二元機能触媒で要求される高温域で顕著なメタノール収率の向上を示しました。
・340℃:最大+8%の収率向上
・360℃:最大+28%の収率向上
メタノール収率の向上は高温域で課題となるCO生成も抑制されており、高い選択率を維持している結果といえます。

計算条件
大規模スクリーニング計算条件
| 項目 | 詳細 |
| スラブ原子数 | 約160原子 |
| PFP | V5.0.0 CRYSTAL_U0 |
| 吸着構造探索 | Minima hopping LBFGS Fmax[eV/Å]: 0.01 |
| 大規模スクリーニング計算時間※ | 約2週間 |
参考文献
[1] Wang et al., Science Advances 3, e1701290, (2017
[2] Kyungho Lee, et. al., Applied Catalysis B: Environmental, 304, 120994, (2022)
[3] Jijie Qang, et. al., ACS Catalysis, 9, 10253, (2019)
[4] 矢山由洋, 触媒, 68(2), (2026) 投稿中
事例提供者プロフィール
ENEOSホールディングス株式会社
本事例の公開日:2026.04.17