材料開発の技術者は、計算化学・MIをどう見ているか――82名への独自調査からわかる二分された現場のギャップ

マーケティングチーム マーケティングチーム

「革新的なマテリアルの創出に貢献し、持続可能な世界を実現する」。これが私たちMatlantisのミッションです。人類が持続的に発展していくには新しい材料の創出が欠かせず、そのためには計算化学やAIをはじめとする計算の力を最大限に使い、発見を加速することが必要だと考えています。

日本政府も2025年6月に「マテリアル革新力強化戦略」を改定し、取り組むべきアクションの一つとして、データ基盤の活用を軸とした「マテリアルDX」の更なる推進を掲げました。

では、こうした計算技術は材料開発の現場で実際にどこまで使われているのでしょうか。本記事では、独自に実施したアンケートから見えてきたギャップと、それを乗り越える道筋を数字で読み解きます。

調査の概要

2025年6月、外部のパートナー企業を通じて、国内の製造業を中心とする技術者・研究者を対象にWebアンケートを実施しました。回答者118名のうち、企業の研究開発部門と分析・評価部門に所属する82名(82社)の回答を集計の対象としています(品質管理・生産管理・企画部門や大学・研究機関などの回答は対象外としました)。回答者の所属は化学・素材、自動車・輸送機器、電機・電子・精密、医薬・医療機器・食品・日用品など、幅広い業種にわたります。

計算化学もMIも、前向きな層と距離がある層が半数ずつ

計算化学シミュレーションもマテリアルズ・インフォマティクス(MI)も、回答者はちょうど半数ずつ「前向きな層」と「距離がある層」に分かれました。計算化学は、職場で活用中または検討中の人が50%(41名)、職場で活用しておらず予定もない人が50%(41名)。MIは、活用中または関心がある人が50%(41名)、知らない・あまり関心がない人が50%(41名)でした。

活用状況(n=82) 前向きな層 距離がある層
計算化学 職場で活用中または検討中
41名(50%)
職場で活用しておらず予定もない
41名(50%)
MI 活用中または関心がある
41名(50%)
知らない、またはあまり関心がない
41名(50%)

距離がある層は、なぜ使わないか

距離がある層では、コストやインフラよりも「自分の研究に関係するか見えない」ことが上位の理由でした。計算化学では「必要性を感じていない、または自社の研究テーマに適さない」が56%(予定なしの41名中23名)で最多。MIでは「MIの内容や有用性について詳しく知らない」が37%(距離がある41名中15名)で最多でした。

計算化学を使わない理由(複数選択)
分母:予定なしの41名
件数 割合
必要性を感じない・研究テーマに適さない2356%
社内の知識・情報が十分でない1024%
効果を見込めていない1024%
計算リソース・インフラが整っていない512%
導入・運用コストが高い37%

前向きな層は、何を壁と感じているか

前向きな層では、人材が大きな壁になっています。計算化学では「専門的な知識やスキルを持つ人材が不足している」が71%(活用中・検討中の41名中29名)。MIでも人材不足(39%)が、データの整備・収集の難しさ(44%)、社内の理解・体制の不足(41%)と並んで上位に入りました。

計算化学の課題(複数選択)
分母:活用中・検討中の41名
件数 割合
専門知識・スキルを持つ人材の不足2971%
実験データと結び付けるのが難しい2049%
結果の信頼性・解釈が難しい1434%
計算に時間がかかる1229%
計算コストが高い1024%
ソフトウェア・計算リソースの選定が難しい717%
MIの課題(複数選択)
分母:活用中・関心がある41名
件数 割合
データの整備・収集が難しい1844%
社内の理解・体制が整っていない1741%
専門知識・スキルを持つ人材の不足1639%
実験した方が早いと感じる1332%
実際の材料開発の意思決定に繋げるのが難しい820%
モデルの構築や精度に不安820%

日本政府が描く方向性

マテリアルは、AIや量子技術などと並び、日本政府が分野別の戦略を定めている基盤技術分野の一つです。

2025年6月、日本政府は統合イノベーション戦略推進会議において「マテリアル革新力強化戦略」を改定しました。この戦略は、取り組むべきアクションの一つとして、データ基盤の活用を軸とした「マテリアルDX」の更なる推進を掲げ、具体策として「ユーザビリティ向上、データ共用の加速」「AIの活用、ロボティクスとの融合」「データ駆動型研究開発の普及、成果創出」を示しています。

さらに2026年7月に閣議決定された「統合イノベーション戦略2026」では、従来比10倍のマテリアル開発速度の実現を目指し、AIを活用した材料開発(AI for Materials)の加速と、マテリアルDXプラットフォームの発展が、特に重点を置くべき施策として掲げられています。

日本政府が描くこうした方向性と、調査で見えた現場の実態の間には、まだ距離があります。

壁を越えつつある、3つの変化

計算化学もMIも、実験と比べると弱みを抱えてきました。計算化学は、精度の高い第一原理計算ほど計算コストが大きく、対象にできる原子数や時間スケールに制約があります。MIも、データが整っていなければ十分な予測精度が出せません。だからこそ、材料開発は長く実験を中心に進められてきました。この数年、状況を変える3つの変化が起きています。

①MIが手軽になった

Pythonを中心にデータ解析の環境が整い、商用のMIツールも多く登場し、専門家でなくても始めやすくなりました。一方で、今回の調査でもMIに前向きな層の32%が「実験した方が早いと感じる」を選び、課題の上位には「データの整備・収集」(44%)や「社内の理解・体制」(41%)が並びました。道具は手軽になった一方、データと体制の壁はまだ残っています。

②機械学習ポテンシャルの登場

機械学習ポテンシャルは、DFT計算レベルの精度を保ちながら計算を大幅に高速化する技術です。当社の基盤技術であるMatlantis PFPは汎用の機械学習ポテンシャルの先駆けの一つですが、近年はオープンソースのモデルも複数登場しています。

③AIエージェントの登場

AIエージェントとは、大規模言語モデルを核に、与えられた目標に向けて自らファイルやコードを作成・編集し、その実行結果を踏まえて修正を重ねながら、次に行うべき処理も判断して作業を進めるシステムです。計算の設定や結果の解釈といった作業を後押しするため、MIと機械学習ポテンシャルの両方の活用が、さらに手軽になりつつあります。 

Matlantisの取り組み

当社はこうした変化を踏まえ、材料開発の現場がすぐに使える形でこれらの技術を届けることを目指しています。構築済みのモデルをクラウドサービスとして提供しているため、自前でモデルを用意したり計算環境を構築したりする必要がありません。専門チームによるサポート体制を整えているほか、AIエージェント連携機能も提供しています。

Matlantisが目指す社会

Matlantisは2026年7月、5周年を機に新しいビジョンステートメントを発表しました。

「Power Decisions with Atomistic Insights ― 原子レベルの洞察で、意思決定を動かす」

出典:岡野原大輔 代表取締役社長「設立5周年に寄せて」(2026年7月7日、Matlantis Corporation)

計算によって得られる原子レベルの洞察を、実験や事業の現場における意思決定に、これまで以上に幅広く役立てられる社会。それがMatlantisの目指す方向です。日本政府が「マテリアル革新力強化戦略」で描く「知のバリューチェーン」の構築とも重なる、材料開発のあり方そのものを変えていく取り組みだと言えます。

人材不足という構造的な課題

ここまで見てきた「専門人材の不足」という課題は、日本政府の戦略文書でも「研究者・研究開発マネジメント・エンジニアリング人材の育成」が、取り組むべき課題として明記されています。個社の努力だけでは解決しづらい、構造的な問題だということです。

今回の調査でも、計算化学・MIに関心を持つ層の一定数が、ウェビナーなどでの情報提供を希望していました。当社では、日本向けにハンズオン形式のウェビナーを実施するなど、情報発信や人材育成の取り組みを進めています。

最後に:まずは知ることから

計算化学・MIの活用について、2025年6月時点の調査ではちょうど半数ずつ前向きな層と距離がある層に分かれていましたが、徐々に関心を持つ方は増えてきているのではないでしょうか。もし現時点でのご状況や、計算化学・MIについてさらに詳しく知りたいという方は、以下からお気軽にお問い合わせください。

参考文献・出典

・  『マテリアル革新力強化戦略』(令和7年6月4日 統合イノベーション戦略推進会議決定)
概要:https://www8.cao.go.jp/cstp/material/material_2025_gaiyo.pdf
本文:https://www8.cao.go.jp/cstp/material/material_2025_honbun.pdf

・ 『統合イノベーション戦略2026』(令和8年7月14日閣議決定)
https://www8.cao.go.jp/cstp/tougosenryaku/togo2026_zentai.pdf 

・  岡野原大輔「設立5周年に寄せて」Matlantis Corporation(2026年7月7日)
https://matlantis.com/ja/news/on-matlantis-fifth-anniversary/

・  当社独自アンケート「材料開発の最先端【マテリアルズ・インフォマティクス】に関するアンケート」(2025年6月実施、研究開発・分析評価部門82名)

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